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バーン・アフター・リーディング

離婚訴訟を扱う法律事務所で働く「コニー」というおばさん。彼女が通う"HARDBODIES"というスポーツジムのロッカールームでうっかり忘れたCDディスク。このCDには、依頼人の夫が書きかけていた「暴露もの自伝」のデータが含まれていた。このCDが拾われたことが原因で、関係者のうち三人が人生の破滅に追い込まれる。

いつものように、コーエン兄弟の脚色が冴える本作。偶然と必然の網にかかった「関係者」が、運命の糸を引っ張り合いもつれあい、はては拳銃や手斧を振り回して大乱闘。そんな姿に引き込まれているうちに、あっという間に悲劇の終幕へと大疾走。最後は神の視点のような俯瞰ショット。地上遙か天上からの視点で、この映画は観客に語りかける。「あなたも気をつけて。あなたの人生は大丈夫?」

この映画に登場するのは、以下の四人の壊れたキャラクター。コーエン兄弟は、この四人のキャラクターは、それぞれ別々脚本のために考えられたと言っている。しかもこの四人は、もともと別々のストーリーのための役を組み合わせて作られたキャラクターだという。このように、まったく脈絡のない取り合わせが、結合することによって、観客にも(おそらく原作者本人にも)分からない、予想不能なストーリー展開が可能になるのかもしれない。

1:チャド(ブラッド・ピット)は、スポーツジムのインストラクター。かなりアタマが弱いが、正確はいたって素朴だが、馬鹿さ加減が通常レベルを超えている。
2:リンダ(フランシス・マクドーマンド)は、チャドと同ジムで働いている。全身美容整形と出会い系サイトに命を賭ける、妄想癖の強い中年独身女性。
3:オズボーン・コックス(ジョン・マルコヴィッチ)は、CIA諜報部員をアルコール中毒を理由に解雇された。仕事だけでなく妻からも完全に見放されて、精神の崩壊を向かえている。
4:ハリー(ジョージ・クルーニー)は、財務省連邦保安官。重度のセックス・マニアックで、リンダ同様に、出会い系サイトで出会った女性と不倫の数々。リンダともそこで知り合うし、コックス婦人とも年季の入った不倫関係にある。

この四人の持っている、それぞれの問題。それぞれの確執。それぞれの欲望。これらが、お互いに関連し合って、化学反応を起こし始めたとき、それぞれの個人的なムーヴメントは、ある人間の集団を悲劇のドン底へと陥れる、破壊的エネルギーへと変わる。とんでもないことだ。こういうことをするのは人間の集団だけでしょう。象の集団はこういうことはしないよ、おそらく。

チャドのたわいもない「あるアイデア」が、リンダの「全身美容への欲望」を膨張させる。それがたまたま、過程とキャリアの崩壊のただ中にある、オズボーン・コックスの、最もまずい部分を直撃する。そしてこの関係性に、悲劇的な結果を結びつけるのが、浮気性のハリー。この四人全員が揃わなければ起こりえない事件が、起こるべくして起こる。しかし、この話全体を理解できるのは、この映画を見終えた観客だけであり、映画の登場人物の中にはその全体像を理解できる者はいない。
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安心して、これはただの映画だよ

「映画館を出てしまえば、すべてはスクリーンに消えた絵空事だよ」。こう言われても、なんだかすっきりしない後味を残すのが、コーエン兄弟の映画だ。思わず、回りをもう一度見回して、自分にもなにか間違いが起きないかどうか確認したくなってしまう。映画で起きたこととはいえ、そのあまりの馬鹿らしさ、そのあまりの意味のなさが、むしろ我々の日常を照らしていると思える。ひとりひとりの人間は、しっかりと自分の人生のために頑張っているつもり。でも客観的に見れば、ごくごく狭い視野での妄執と、動物的欲望に突き動かされた、軽挙盲動の数々。人間社会とは、こんなことが組み合わされては、とんでもない大騒ぎになってしまう、おどろきのテーマ・パークなのだ。

オープニング、エンディングともに、神の視点のような俯瞰ショットで地球を見ることになるのだが、アメリカの中枢であるワシントンが、まるで神様にとっての箱庭のように見える。

メイキング映像の中のインタヴューで、ジョエル・コーエン(お兄さん)が「この年になって(今年55歳かな?)映画の撮り方を変えるのはきつい。のるかそるかという感じでやっている」と語っていた。そうかあと思う。これだけ毎回、さすがはコーエン兄弟と、観客をうならせる作品を作っていながらも、コーエン・スタイルの維持には、ある程度の無理も来ているのかな、と考えさせられた。これから50代の円熟期にはいる二人。いつも、クールで恐ろしくも笑える佳作を生み出す二人だが、これからも一体、どんなものを生み出してくれるのか。目が離せないな、やっぱり。