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Lectures 講演

デジイリュージョン・セミナー
DIGILLUSION SEMINAR 参加報告
バーチャル・スタジオの「明日はどっちだ!」

 

佐々木和郎

 
美しい湖と森の国、フィンランドの首都ヘルシンキに於いて「デジタル・バーチャルによる、映画とテレビの美術 」と題したセミナーが開催された。会場はYLE(フィンランド放送協会)内のオーディトリウム。9月24日から26日まで連続3日で、イギリス、フランス、スイス、アメリカ、日本から合計9人の発表者がプレゼンテーションを行った。参加者はフィンランドを中心に、オランダ、スェーデン、イギリス、アメリカなどから、デザイナーのみならず、ディレクターやカメラマンなどを含め150人ほどの参加があった。
 
日本からは、フジテレビ・CG開発局の坂本浩プロデューサー(古くから日本TV界のCGの仕掛人として有名。)とNHKからは佐々木が発表者として参加した。坂本氏が「民放界のバーチャルセット動向と、モーション・キャプチャーCG」を中心に発表したのに対し、佐々木は、「NHKにおけるバーチャルセットの展開とインタラクティブ・メディアへの応用」をテーマに発表を行った。
 

 
バーチャル・スタジオそのものは、決して完成した技術でも、パッケージ化されたシステムでもない。あくまで「バーチャル」という言葉の上で統一的な概念として存在するものの、実際に現場で使われているバーチャル・スタジオの形態や、システムの組み合わせ方式は、ユーザーの目的意識によって様々である。
 
またバーチャル・スタジオは、万能の合成システムではない。バーチャル・スタジオの限界や問題点をクリアに認識した上で、他の様々な映像制作方式とのバランスをとりながら活用の道を考えることが重要である。さらにセミナーでは、バーチャル・スタジオを、単純にテレビ番組の制作手段として規定するのではなく、インタラクティブ・メディアとしての発展の可能性も話し合われた。
以下、セミナーを通じて知り得た海外事情と国内における各局の状況について報告する。
 
 

1: 海外バーチャル・スタジオ事情

 
今回のデジイリュージョン・セミナーでバーチャル・スタジオについて実際に発表があったBBCとフレームストア社(イギリス)、ILMのマットペイント部門(アメリカ)を含めて、海外の主なバーチャル・スタジオ、モーションキャプチャーの事例についてまとめる。各社とも個性的なコンセプトのもとで、ユニークなシステム構成と映像制作のノウハウを持っている。後述するように、「右へならえ」的な、導入状況となった日本のTV業界との違いは個性を重んじる国と集団の和を重んじる国の違いだろうか。
 

 

BBC / クラフトマンシップのバーチャル・スタジオ

 
イギリスのBBCからは、現在バーチャル・スタジオ・プロジェクトのリーダー格にあたる、ダニエル・ポプキン氏と、セットデザイナー出身で現在はバーチャル・スタジオ専門のデザイナーとなったジェームズ・トアー氏とが参加していた。BBCでは、6年も前からメインのニューススタジオをバーチャル化するなど、バーチャル・スタジオへの積極的な取り組みの姿勢を見せてきたが、カメラマン出身でバーチャル・スタジオ開発に熱意を燃やすポプキン氏の力によってか、その勢いが近年さらに強まっている。
BBCでは「TC0」と呼ばれるバーチャル専用スタジオを使い、スポーツ番組から、ドラマ、バラエティまで広範囲に実験を展開。さらにIBCなどで「フリーD」「トゥルーマット」などの新アイデア製品を発表するなどあくまで積極的である。
 
「フリーD」とは、カメラの位置検出をするためにカメラに天井のパターンに向けた小型カメラを装着したもの。「トゥルーマット」とは、ブルークロマキーの代わりに「スコッチライト」という特殊表面加工を施したスクリーンにブルーのライトをあてて用いるアイデア。どちらも非常にユニークなアイデアである。
 
バーチャル・スタジオの基幹ソフトはラダメック社との共同開発のVIRTUAL SCENARIOモデリングにはエイリアスやソフトイマージュなどを使用。また3次元至上主義というわけではなく、2次元のバック(動画も含めて)を使ったバーチャル・スタジオも併用している。
あくまで自社開発ソフトにこだわっている点や、「シンセビジョン」に似た、2次元バーチャルもうまく使い分けている点など、 BBCにおけるバーチャル・スタジオの展開は、NHKのそれと驚くほど似ている。 選挙報道やスポーツニュースで上手く使っている「ビデオウォール 」は、NHKのシステムでも可能であり、一度試してみる価値があるのでは?
どこかクオリティ重視の完璧主義が漂うBBC。さすがは職人のクラフトマンシップの国と思いきや、やはりジェームズ・トアー氏は、セットデザイナーとして「ドクター・フー」などの名作に関わった方で、ポプキン氏はBBCにおける特殊撮影一筋の方。こうした「こだわりの名匠」が産むシステムはひと味違う。
 
BBC発表者:
Danny Popkin / Virtual Studio Project Director, BBC Resources Ltd.
James Toher / Virtual Studio Designer, BBC Resources Ltd.
 

 

ANTENA 3 / 情熱の国に生まれたバーチャル・スタジオ

 
アンテナ3はマドリッドに拠点を持つ地上波放送局。局内に8個のスタジオ、外にレンタルスタジオを3個持つ。そのうちの第5スタジオがバーチャルの常設スタジオとなっており、常設のブルースクリーンがあるほか、サブの中にSGI社のONYXを含めた機械室がある。
バーチャル・スタジオの基幹部分は、東京の民放各社が取り入れているスタイルにきわめて近い、デジメディア社のブレインストーム である。(というよりも、デジメディア社のお膝元のスペインなのでこちらが本家ではあるが。)ブレインストームは、通常の運用形式で、ONYXを2台使用し、シリウスビデオ(ONYXのビデオ入出力装置)を通して2台のカメラとつながっている。カメラマンの仕事がなくなるという配慮から、当初使っていたリモコンカメラは使用をやめて、デジメディア社特注のカメラヘッドを使って、カメラの動きを検出する手法をとっている。 このへんの、バーチャルスタジオの機能とスタッフの役割の関係は、どこの国の放送局にも同じ問題意識があるということだろうか。ちなみに、もう1台のカメラはフィックス状態で使用している。
 
実際にこのバーチャルスタジオから出している番組は4番組。 週に3日収録する子供番組(1時間)、毎日10分の収録スタイルのスポーツ番組。月~金の生ワイドショー(1時間)、毎日4回の天気予報番組(6分)。この過密状態は、日本ではNTVのVスタジオの状況に匹敵する。天気予報の番組では、INDIGO2 (ONYXより安価)でメテオという天気図生成ソフトを使用、画像をレーザーディスクに記録。レーザーディスク上の画像は、ブレインストーム側からコントロール出来るという仕掛け。
日本のテレビ界(NHKを除く)を完全制覇してしまった感のあるブレインストームだが、その理由として、こうした仕掛けを必要に応じて開発してくれる姿勢が評価されているのである。日本では、こうしたユーザーの要求をまとめて、デジメディア社に交渉する窓口として、イマジカ社の存在が大きい。
バーチャルスタジオにすることによりスタジオ運営費は以前に比べて、40パーセントの節減となったという。バーチャルセット・システムへの初期投資額を2年で償却出来たという話だが、本当だろうか?
 
担当者: JORGE HUETE / DIGIMEDIA Co. Marketing
 

 

STUDIO Hamburg / バーチャルスタジオも持つ総合メディア会社

 
スタジオ・ハンブルグは、ハンブルグ郊外に映画とTV 用の13のスタジオを持ち、1000人のスタッフを抱え持つ総合スタジオ。映像制作のためのスタジオ・編集室のレンタルから衛星放送の送出までのすべての機能を持つ。バーチャルセット専用スタジオは、約20M四方の小規模スタジオ。独自開発のメカニカルセンサー方式の移動カメラと、ヘッドのみがリモコンで動く固定式のカメラの2台。ハードウェアは、上記のアンテナ3と同様にSGI社のONYXが2台ではあるが、使用されているソフトウェアが違う。カナダに本社を持つディスクリート・ロジック社のヴェイパー・システム である。ディスクリート・ロジック社は、以前ソフトイマージュ社から独立して、画像処理ソフトのフレームやフリントを売りまくっている、ユニークなCGソフト会社であり、ヴェイパーも個性的な映像処理機能を備えている。このへんのソフトの選択も、右へならえでないところに、ヨーロッパのスタジオのこだわりを見ることが出来る。
 
スタジオ・ハンブルグはドイツのみならず、ヨーロッパ各地からの番組映像の制作受注や送出の業務を行っている。CATVが発達しているヨーロッパでの映像需要から、かなりの量の回線のやりとりが行われている。衛星デジタル放送のための送出室も持ち、MPEG2圧縮方式を使ったシステムをコンパクトにまとめている。現在は、従来のアナログ方式とMPEG2を使ったデジタル方式が混じった状態である。
 
担当者: Hans-Gerhard Hass / STUDIO Humburg Atelier GmbH
 

 

ART BIT / リゾート・アイランドに浮かぶバーチャル実験室

 
ART BIT社は、CIC という企業グループの中の一社であり、CIC各社はそれぞれCGの先端技術を各々のテーマにそって開発する、メディア事業混合体である。CICとは、純粋CGプロダクションのPOSTDATA、ノンリニア編集ソフトを開発販売するJALEO、バーチャルセットモSCENERモを開発しているMETACORE、そしてバーチャルセットとバーチャルキャラクターの統合化を目指すART BITである。
ART BIT社は、スペインのリゾートアイランドのマヨルカ島にある広大な農地に、古い農家を改造してスタジオとしており、訪問したTBSチームの報告によると、美しい自然に囲まれて、研究と開発に打ち込める素晴らしい環境、経営者の手腕とその経営理念はなかなかのものということである。なぜマヨルカ島なのか?それは、この地方自治体であるバレリアス領が、この農地に一大ハイテクノロジー産業を誘致する計画を持っており、この自治体とスペインの電話会社が共同出資の形でバックアップしているからである。
 
ART BIT社では、単に製品として売れるバーチャル・システムを開発しようと言うのではない。あくまで各ユーザーの希望や条件を検証した上で、各々のユーザーが必要としているシステムを「組み上げ」て、さらにそれを使うための「ノウハウづくり」まで面倒見るという方針を持っている。通常では信じられないような親切丁寧な会社である。しかし前述したように、バーチャルスタジオというものは「様々なハイテクの混合体」であり、「完成されたひとつのシステム」であるはずがない事を考えれば、当然の事とも言える。できあがった製品を売ることばかり考えている日本のベンダーに聞かせてやりたいものである。残念ながら、日本において、唯一こうしたユーザー・フォローを心がけている会社は「イマジカ」ぐらいである、と言えよう。
 
ART BIT社内にデモ用として設置されている、バーチャル専用スタジオは6M四方のブルースクリーンを囲む形で、スタジオ内にバーチャルセットのシステムとバーチャル・キャラクターのシステムが併設されている。コンピュータはやはり、SGIのONYX(プラットフォーム・コンピュータだけはSGI社の独り勝ちのようである。)8CPUを2分して使用。カメラヘッド部分は日本でも最もポピュラーなラダメック社のものを使用している。バーチャルセットのソフトウエアはアコム社のELSETを使用、バーチャル・キャラクター用にはプロトゾア社のALIVEを使用している。このほかに、前出のヴェイパーやイスラエルのRT-SETなども導入し、それぞれの特性を研究する予定。 自社開発のバーチャルセット用ソフトもあり、関連会社のMETACORE社が開発するSCENERというソフトも検証中。SCENERは、より低価格のマシンでも動くように設計されたバーチャルセット・ソフトである。/ 従業員は全部で17人。内7人はCGデザインの担当。ほかにモーション・キャプチャーの専門家や、SGIから引き抜いてきたバーチャルセットのスペシャリストを抱える。
 
担当者: Jose N. Martin ; Maximino Alvarez / ART BIT
 

 

YLE / 森と湖の国のバーチャルセットとは...

 
今回の、デジイリュージョン・セミナーの共同主催者である(もうひとつの主催者は、ヘルシンキ美術工芸大学)YLE のCGセクションとバーチャルスタジオを見学した。
規模的にはBKに近いYLEだが、コンピュータ・グラフィックのセクションは非常に充実している。なおかつ2Dのペイントシステムと3Dシステム、そしてスタジオ間のデータのやりとりが、イーサネットを使った通信網で整備されているのがうらやましい。ひとつひとつの設備は優秀でも、その間をつなぐパイプが無いに等しいNHKの状況はなんとかならないものだろうか。(映像を運ぶ手段はテープを運ぶことしかない...)
 
さて、YLEのバーチャルスタジオは、と覗いてみたところ、実は厳密な意味でのバーチャルセット・システムは保有していないのであった。それでも実際にスポーツ番組や、ニュースにバーチャルセットの番組を出しているのは一体どう言うことか。YLEでは、要は昔から存在する、クロマキー合成の手法を巧妙に使っているのである。スタジオにアングルが固定されたカメラを置き、それぞれのカメラに固定されたバックが合成されるようになっている。それだけのことである。それでも、非常にデリケートにレンダリングされたCGをスタジオのライティングにうまく合わせて合成し、半固定カメラを巧妙に切り替えていくだけで、充分バーチャルセットとしての雰囲気が出せるのである。
普段、バーチャルセットといえば、コンピュータのスピードやら、カメラのモーション・キャプチャーの精度などについての議論が先行してしまうのが我々の習慣である。ところがYLEは完成された映像がそれらしければ、それでいいという割り切りと、無駄な投資を避ける用心深さを持っているようである。グラフィック部長のSaari氏の話しによれば、バーチャルセットというものには、いつも「はやりすたり」があって、せっかく投資してもディレクターに飽きられたらおしまいという読みもあるという。YLEの規模からいって当然の判断だと言えよう。
 
担当者: Anu Maja ; Head og Scenic Design , YLE
 

 

その他 / ILMのマットペイント、映像職人達が見るバーチャルセット...

 
今回のセミナーの発表者は、必ずしもバーチャルセット関係だけでなく、マットペイントの専門家や(デジタル技術に傾いているILMもあれば、フランスからは、あくまで手がきのオイル・ペイントにこだわるペインターも登場)、イギリスの特撮によるCM制作会社、人間の衣服の動きを再現するCGの研究者などさまざまであった。したがって、セミナー全体の雰囲気としては、広い意味でのデジタル技術の応用について、さまざまなアングルからのプレゼンテーションが行われた。
純粋にバーチャルセットについて発表したのは、私を含めた日本の二人と、BBCのチームぐらいであった。広い意味では、特撮もマットペイントもバーチャルセットも、同じ土壌の上の、映像制作技術であり、クリエイターはそれらを正しくチョイスして、優秀な作品を作ることが肝要であり、ひとつの技術に拘泥するべきではないという、共通理解がベースとして存在した。私としては、バリエーション豊かな広い見地からのチョイスこそが、映像クリエイターの資質として最も重要であるという考えに大賛成である。
 
ともすれば、「どこそこのバーチャルはすごい」とか「A社のバーチャルセット・システムはB社よりも、○○フレーム計算が速い」などといった話しに傾きがちな、日本の状況がある。われわれももう少し頭をクールにして、自分たちが使っているシステムがどういうレベルのもので、どういう作品に必要なのか、客観的に見る力を持ちたいものである。繰り返しになるが、「バーチャルセット」というのは、何も突然出現した特別な技術ではない。特撮や、CGの世界でひとつひとつ開発されてきたノウハウがたまたま組み合わされて、ひとつのシステムのように揃っただけの事なのである。「バーチャルセット」に含まれている、一個一個の技術は、今後もそれぞれに発達していくだろう。その動きに敏感に反応しつつ、新しいクリエイションに結びつける、しなやかな感性と、しっかりした理解力を持ち続けたいものである。
 

[ 研究発表 ] 「バーチャルスタジオの未来を考える」LinkIcon
フィンランド放送局主催・TV映像研究会
Digiillusion Seminar / 2002年
 

[ 研究発表 ] 「テレビ局におけるバーチャルスタジオ」LinkIcon
フィンランド放送局主催・TV映像研究会
Digiillusion Seminar / 2002年
 

[ 講演 ]「デジタル環境におけるテレビデザイン」LinkIcon
韓国TV美術研研究会
KTDA (Korean Television Designer's Association) / 1996年
 

[ 調査 ] 先端映像技術の研究
「ロンドンの映像プロダクションにおける先進的映像制作についての研究」/ 1991年
 

[ 講演 ]「NHKにおけるHDCGの可能性」
マドリッド・ビデオアルコ / ビデオアートセッション / 1991年
 

[ 講演 ]「NHKにおけるCG制作について」
フィンランド放送局・テレビ美術セミナー / 1991年