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こき使われなさい

「人間、努力してもうまくいかない時は、時機の到来を待つしかない」

朝ドラ「ゲゲゲの女房」。水木プロの事務所のセットに貼ってあった、この貼り紙が気になった。

時機が熟してもいないのに、人間がどんなに頑張ったって、それは駄目だよ〜。ジタバタしたって無理は無理。人間、じたばたせずに、落ち着いてじっくりやりなさい。無理矢理に、目標を超えようとあせっても無駄。役に立つとか、利益がどうとか、いって ないで、悠然とやりなさい。無為に過ごしているようでも、本筋さえやっていれば、道はいつか自然に開けるから。ところでその水木しげる先生、「ゲゲゲの女房」最終回前日に放送された、「スタジオパークからこんにちは」に出演してこんなこともおっしゃってました。

「若い人は、だまってこき使われればいいんです」

水木先生はときどき、インタビュアーの質問を勘違いしたふりをして、話の流れと関係ないことを言う。しかしこれが、意外に大事な事である事が多い。なかなか核心事を聞いてこないインタビュアーの、プライドを傷つけないようにしながら、なんとか重要なことを差し挟む、水木先生の高等テクだ。呆けたふりをしながら、説教臭くなく、そっと何か大切な事を言う。

「まずは黙って上司の言うことを聞いて働きなさい」

民間人初の中国大使・丹羽宇一郎さんも、アニメ監督の今敏さんも、同様なことをおっしゃっていた。まずは、黙って働け。そのうち分かる。山田洋次監督も、映画の世界の新人についてこう述べている。助監督は、まずスタッフや役者に弁当を配れ。役者の弁当の好みを覚えるのも大事な仕事だ。撮影助手は、ま ず撮影監督にコーヒーをいれろ。ごたごた言っている間に仕事しろ。理屈やテクニックは、そのうちひとりでに覚えるから。

体力のある若い時に、余計なことを言わずに経験をつみ、先輩の仕事を覚えなさい。ぶつぶつ文句を言う前に、とりあえずやって見なさい。その仕事の意味は、やっているうちにわかるんだから。本当にそうなんだよなぁ。黙ってやってほしいんだよね。若いときには、自分の目標を決めようにも、まだ経験が浅いから分からないでしょう。それに、たとえ分かったとしても、それを目指していて成功する保証もない。だったら、四の五の言わずに、目の前にある仕事をしていなさい。

就職難に苦しむ、若者への優しい配慮の言葉でもあるのだ。

そしてさらに、この「仕事」という主語を「作品」と置き換えて考えてみるとどうなるか。そうすると、水木先生が本当に言いたかったのの、さらに深い意味が分かってくる。

「作品」を作るときは、「作品」にこき使われなさい。これから作家を目指す若い人は、はじめから妥協をゆるさず、頑張りなさい。傑作であるべき「作品」とは、あなたに対して、妥協を許さないものだから。「作品」とは、あなたのものであって、あなたのものではないのだ。傑作とは人類すべてのものだ。人類の財産となる作品に対して、あなたはそのしもべとなって働かなければならないのだ。全身全霊を傾けて作品をつくりなさい。黙って働きなさい。

「ゲゲゲの女房」でも描かれた水木先生の姿。作品に立ち向かう、水木先生の真剣の姿を思い浮かべてみると、その背中から、改めてこの声が聞こえて来るような気がする。うん、それに違いない。

よし、僕も黙って働かなくちゃ。