kazuosasaki blog

映画のユートピア

脚本家、君塚良一さんの著書「脚本(シナリオ)通りにはいかない!」の映画評を読んでいるうちに、映画「デーヴ」が観たくてたまらなくなった。大好きなアイヴァン・ライトマン作品なのに、観ていなかったというのも悔しかったし、ケビン・クラインによる、ひとり二役の怪演が見物だろうと思った。そして、非常に面白かった。感動的でもあった。

主人公のデーヴ・コーヴィックは、現大統領ビル・ミッチェルに瓜二つ。そのことをネタにしていたところ、なんと本当に大統領の替え玉として登用されてしまうのだ。その上本物のビル・ミッチェルが脳卒中で倒れてしまい、本格的に大統領を演ずる生活が始まる。デーヴは善玉、ビルは悪玉。見た目はそっくりだが、性格も価値観も正反対である。大統領の影武者となったデーヴは、その明るく正しい性格のままに、次々と善政を打ち立てて、病めるアメリカに、ひとときのユートピアを実現していく。

最高のエピソードは、替え玉大統領のデーヴが、あわや廃止となる孤児院の運営予算を救うところ。本物の大統領補佐官を出し抜き、国家予算にメスを入れ、無駄な防衛費などを削りまくっては、孤児院の運営予算の維持を閣議決定する。まずはあり得ないストーリーだが、こんなことが「実現」できるのがコメディ映画の素晴らしいところだ。シリアスな映画では浮いてしまう話だが、コメディでは「笑い」という特効薬により「実話」に仕立て上げられるのだ。

余談だが、替え玉大統領デーヴを助けて、国家予算を見事にさばいてみせた、一般人の会計士、ブラム役のチャールズ・グローディンは、実に味のある役者だ。そしてこういう真面目一辺倒の会計士が、はまり役。「ミッドナイト・ラン」でも、賞金稼ぎ役のロバート・デニーロと見事に渡り合う、堅物会計士を演じきっていたぞ。彼の会計士役を再び見られたのも幸運だった。他にもチャールズ・グローディンが会計士役をやっている映画は無いかなあ。

アイヴァン・ライトマンだけでなく、コメディ映画というジャンルにこだわる、ジェリー・ザッカーやジョン・ランディスのような監督の作品に共通するのは、結局のところは、暖かいヒューマニズムである。荒唐無稽な筋立てに、どちらかといえば人格破綻者のような変人ばかりが、どんなにドタバタをくり広げていても、彼らの作品は、最終的にはこの世のユートピア(理想郷)の現出というテーマにたどり着く。たとえそれが一瞬のことでも、映画の中だけのことでも。

ジェリーザッカーは、「ゴースト」(2009年には、主演のパトリック・スェイジが亡くってしまった)でも、「ラット・レース」でも、いかさまペテン師どもが稼いだ何億という大金を慈善団体に寄付させている(映画の中の話です)。ペテン師どもが、実にしぶしぶと、「究極の選択の中でどうしても寄付せざるを得ない状況に追い込まれる」設定がおかしい。
「ゴースト」では、いかさま霊媒師(ウーピー・ゴールドバーグ)が、主人公の霊を助ける内に、一瞬だけ手にした大金を慈善団体に寄付させられる。「ラット・レース」では、まさに金の亡者となった、12人のバカどもが、チャリティー・コンサートに出くわして、手にした大金をすべて、寄贈する羽目におちいるのだ(この12人の中には、またしてもウーピー・ゴールドバーグが!)。
ジョン・ランディスも、大金持ちのブローカーが、先物取引で大負けしてホームレスになってしまったりと「お金の価値なんてね」というトーンの映画「大逆転( Trading Place)」が素晴らしい。ちなみに彼の「星の王子様ニューヨークへ行く( Going to America )」は、その大金持ちのパートだけが、続編となって入ってますね。私は、この一件だけについてですが、ふたつの作品は、ジョン・ランディスの連作なのだと解釈しています。

そういえば、この三人の映画監督、顔つきも似てるなあ。特に口元。みんな同じようなことを考えているからかなあ?

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一方で、ロバート・アルトマンのようにシニカルな巨匠は、映画そのものの中で、ユートピアを出現させることはない。むしろ彼が描く現世というものは、虚しく理不尽で、存在意義も不明、救いの無いさびしい世界だ。それを、身勝手な人間どもの業を通して、ドライに描ききるところが、アルトマン監督の真骨頂だろう。しかし傑作「ゴスフォード・パーク」の中では、あるユートピアが現出する場所がある。映画のラスト、最も悲しくも美しい別れのシーンで流れる劇中歌「The Land of Might-Have-Been(もしかしてこうだったかもしれない世界)」がそれだ。この歌は、この映画の中に本人として登場する、アイヴォア・ノヴェロが実際に歌っていた曲だ。あまりにも惨めな現世に重ね合わせて流れるこの曲の一説を引用する。
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The Land of Might-Have-Been ( by Ivor Novello )

Somewhere there's another land. Different from this world below.
Far more mercifully planned. Than the cruel place we know.

Innocence and peace are there. All is good that is desired.
Faces there are always fair. Love grows never old nor tired.

We shall never find that lovely land of Might-Have-Been.
I shall never be your king nor you shall be my queen.

Days may pass and years may pass and seas lie in between.
We shall never find that lovely land of Might-Have-Been.